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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)6233号 判決

原告

株式会社日新

右代表者

太田清

右訴訟代理人

杉原正芳

被告

黒田晃世

右訴訟代理人

荒井金雄

外一名

主文

一  原告の各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告の申立

1  (請求の趣旨)

被告は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年一〇月一〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告の申立

主文同旨

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は訴外窪田忠昭から、訴外東京厚生信用組合に金五〇〇〇万円の六カ月間定期預金をすることを依頼され、原告はこれを承諾して請負い、右報酬として金六〇〇万円を受取つた。

2(一)  昭和五〇年一〇月八日原告は被告に対し、右内容の定期預金をし又は他人をしてさせることを依頼し、被告はこれを承諾して請負つた。

(二)  同日、原告は被告に対し、同月九日までに右預金ができれば報酬に充当し、預金ができなければ返還するとの条件で、金五五五万円を預けた。

3  ところが被告は、訴外第三者をして右訴外信用組合に金一〇〇〇万円の六カ月間定期預金及び金四〇〇〇万円の三カ月間定期預金をさせたのみである。

4  その結果、原告は窪田に対する請負義務を履行できず、同人より損害賠償の請求を受け、同人に対し、左の通り合計金二四六万三〇〇〇円を支払つた。

(一) 昭和五〇年一一月二一日金額四六万三〇〇〇円の小切手を振出交付し、同月二二日決済した。

(二) 同年一二月一一日金額一〇〇万円、支払期日同月二〇日の約束手形を振出交付し、同日決済した。

(三) 同月一一日金額一〇〇万円、支払期日昭和五一年一月三一日の約束手形を振出交付し、同日決済した。

5  被告は、約束どおりの定期預金をしなかつたので前記約定により前記寄託金五五五万円を原告に返還する義務があり、仮に返還義務がないとしても、債務不履行による損害賠償として前記二四六万三、〇〇〇円を原告に支払うべき義務がある。

6  よつて原告は被告に対し、右寄託金五五五万円の内金二〇〇万円の返還又は債務不履行による損害賠償金二四六万三〇〇〇円の内金二〇〇万円の支払及びこれらに対する昭和五〇年一〇月一〇日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  諸求原因1は不知。

2  請求原因2(一)は認める。請求原因2(二)のうち、原告主張の日に、金五五五万円を受領したことは認めるがその余は否認する。右金員授受の趣旨は後記抗弁で主張するとおりである。

3  請求原因3は認める。

4  請求原因4は不知。

三  被告の抗弁

1  原告の被告に対する定期預金依頼は、いわゆる導入預金をしようとするものである。すなわち、被告の確知しない訴外第三者は、訴外東京厚生信用組合に対する金五〇〇〇万円の六カ月間定期預金を他人にさせ、これを見返りとして同信用組合より融資を受けるべきことを約していたもので、右第三者は右定期預金の金主斡旋に対する報酬及び金主に支払うべき裏利息として斡旋者に金員を交付し、これが原告より被告に右同趣旨のもとに交付されたのである。

2  導入預金の金主斡旋を依頼する本件預金依頼契約は、公序良俗に反し無効である。「預金等に係る不当契約の取締に関する法律」は導入預金の当事者に刑事責任を科しており、当該金融機関と預金者との間の預金契約自体は有効であるにしても、導入預金の金主斡旋の依頼は、法の禁止目的より強度に背反するものであり違法性が強度である。すなわち、導入預金の金主斡旋の依頼は、法に禁止された導入預金を積極的に企画し、むしろ導入預金に関連する不法な利益を意図的に現実化しようとするもので、法の趣旨に真向から背反する。

本件請負契約はこれに該たり民法九〇条により無効である。(従つて、原告の被告に対する本件金五五五万円の交付は不法原因給付であるから、その返還を求めることはできない。なお、被告は、訴外吉村典計に同趣旨を依頼し、右金員のうち、金五〇〇万円を報酬及び裏利息として昭和五〇年一〇月九日同人に交付し、金二二万円を訴外久道重雄に対し吉村を紹介してくれたことの謝礼として同日頃交付したほか、原告に対し同年一一月二〇日金一五万円及び同月三〇日頃金七万円の二回にわたり二二万円を返還したので、右合計五四四万円は利得が現存していない。)

四  抗弁に対する原告の答弁

1  抗弁1のうち、原被告間の金員授受の趣旨は否認し、その余は不知。原告は窪田忠昭から前記定期預金をすることを依頼されただけで、東京厚生信用組合とはなんらの約束もしていないし、導入預金かどうかは原告の関知するところではない。

2  抗弁2は争う。仮に、本件預金依頼契約がいわゆる「導入預金」に関するものであつたとしても、右契約は有効である。

すなわち、法が導入預金を禁止する由縁は、預金導入を見返りに銀行が担保のない危険な融資をし、銀行経営を破綻に陥し入れる危険があるとして政策的目的から導入預金を取締るにすぎず、導入預金そのものは反道徳的、反社会的なものではなく、私法上の効力まで無効となるものではない。また導入預金における預金契約と預金依頼や金主斡旋の契約とを区別する理由は全く存しない。すなわち、両者とも「導入預金を積極的に企図し、導入預金に関連する利益を意図的に現実化せんとする」ための一連の行動の一環であつて、両者に差異はなく、全体があいまつて導入預金が完結するのであり、ともに金融機関の信用を維持する政策による取締法規違反にすぎない。(なお、原告は契約の無効を仮定する不当利得返還請求をするものではない。)

第三  〈省略〉

理由

1  〈証拠〉を総合すると、請求原因1の事実を認めることができる。

2  請求原因2(一)の事実及び昭和五〇年一〇月八日被告が原告より金五五五万円を受領したこと並びに請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

3  〈証拠〉を総合すると、右被告受領の金五五五万円は、被告の責任において訴外の預金主をして東京厚生信用組合に金額五〇〇〇万円期間六カ月の定期預金をさせるについて、その預金主に支払うべき裏利息の性質を有する謝礼や被告と預金主との間に介在する仲介者に支払うべき報酬等の費用並びに被告が取得すべき報酬を含めて金五五五万円を一活前払いする趣旨で授受されたものであること、右授受の数日前より、原告代表者太田清から被告に対し本件契約の申込みがあり、被告は訴外久道重雄に相談して同人から紹介を受けた訴外吉村典計に預金主の斡旋仲介を依頼し、吉村は、訴外松田某を通じてその知人で預金主となつた氏名不詳某と交渉してその承諾を得たうえ、被告に対し、吉村において五〇〇万円の交付を受けることにより前記内容の定期預金を実行させる旨の回答をし、これを受けた被告は、久道と相談して被告及び久道が分配取得すべき報酬額を計五五五万円と定め、確実に右定期預金が実行されることを期して、右金額を上積みした合計五五五万円で原告依頼の定期預金を実現すべき旨を原告代表者太田に回答した結果、原被告間に契約がなされ、翌九日中に依頼の趣旨を実行することを約束して前記の趣旨で本件金五五五万円(原告が訴外窪田忠昭から同様の依頼を受けて受領した六〇〇万円の内金)の授受がなされそのうち金五〇〇万円が被告から吉村に交付されたものであり、それは定期預金の成否を不定のものとして一時的に預託されたわけではない(従つて、返還を予定した特定物の寄託でもなければ消費寄託でもない)こと、吉村から依頼を受けた預金主が約に反して期間六カ月一〇〇〇万円及び期間三カ月四〇〇〇万円の二口に分けた定期預金をしたにとどまつたため、被告は原告との契約の本旨に従つた履行をしなかつた結果となつたものであること、以上の事実を認めることができる。

〈証拠判断略〉

4  〈証拠〉を総合すると、請求原因4の事実を認めることができる。

5  そこで、被告の契約無効の抗弁について判断する。

前示の事実によれば、原被告間の本件契約は、被告がその責任において契約の翌日までに訴外第三者をして東京厚生信用組合(同組合は、弁論の全趣旨により「預金等に係る不当契約の取締に関する法律」所定の金融機関であることが認められる)に金額五〇〇〇万円期間六カ月の定期預金をさせ、これに対し、原告が被告に対し、(その預金主に支払うべき裏利息や被告以後に介入する仲介者、斡旋者に支払うべき報酬その他の費用及び被告の取得すべき報酬を含めた前記趣旨で)金五五五万円を支払うというものである(それは請負の性質を有する契約と見ることができる)。

そして〈証拠〉を総合すると、原告及び被告はともに金融取引の仲介等を業とする者であるところ、本件契約は、被告自身が五〇〇〇万円もの出捐をして預金をすることは予定せず、現実に同組合に前記内容の定期預金をする預金者が誰であつても差支えなく、被告がみずから誰か預金主を探かし出し又は他の斡旋仲介者と契約しいわば下請をさせて(あるいはさらに同様に順次他の斡旋仲介者の手を経て)探がし出した預金者に対し裏利息の利益を供与することにより、定期預金をさせる趣旨のもので、当該預金者において前記内容の定期預金をするに当たつて「窪田の依頼により預金するものであること」を東京厚生信用組合に告げるべきことが必要な約束事項とされていたものであるが、それ以外には預金者は、当該定期預金債権を担保として提供することも要しないし、その他なんらの行為も要求されなかつたものであること、契約に当たり原被告ともに右定期預金がなされることにより特定の第三者が同組合から融資を受けることができるものと考えていたこと、以上の事実が認められる。

銀行や信用組合等の金融機関は定期預金の預託を受けることにより預金保有高が増加して預金実績の向上をもたらす利益を受けることは明らかであるが、本件のように六〇〇万円もの多額の裏利息等の出費をしてまで他人に五〇〇〇万円もの高額の定期預金を依頼することは単純に当該金融機関あるいはその職員の営業成績向上のみを目的にするものとは考えられないところであり、当該定期預金を担保に供させるなどの負担の約束もなかつたのであるから、預け入れに当たり「窪田の依頼による」定期預金であることを同組合に告知すべき約束であつたことを含めて前示事実を社会生活上の経験則に照らして判断すれば、右定期預金は窪田又は同人の経営会社その他の関係者が同組合から資金の融通を受けるための見返りとしてなされる導入預金と称されるものに属し、結局窪田は原告を通じ、被告、久道、吉村、松田を順次介して前記預金主に裏利息を得させることにより右預金主が同組合に定期預金をすることを媒介し、その預金債権を担保に供することなく、同組合より窪田自身又は特定の関係者に融通を受けるべきことを約束していたものであり、原被告その他の仲介者ら及び預金者においても、預金と融資との間に右のような相互依存の関係がある取引であることを認識しながら順次意思を連絡して定期預金の媒介及び預託をしたものであることを推認することができる。(原告代表者尋問の結果中の、原告が窪田から「窪田経営のゴルフ会員権販売会社が同組合に手形割引をしてもらう必要があつて世話になつているので定期預金を依頼する。」との趣旨を聞いたとの供述も右認定を左右するものではない。)

そうすれば、本件に関する窪田の行為は前記法律二条二項に違反し同法四条一号により懲役刑をも含む刑罰をもつて禁止せられる違法行為であつて、原被告の媒介行為は窪田の右同法違反を幇助する行為であることにより、いずれも反社会性を帯有するものである。その違法は預金及び融資が実行されたと否とにかかわらないものであつて、預金及び融資の契約がそれ自体を個別に見ればなんらの違法性を有しない取引であり導入預金に関する場合であつても私法上の効力を否定しなければならない程の反社会性がないのとは異なり、導入預金を媒介する契約は、それ自体を抜き出して見ても、前記法律による禁止に違反させることを直接の目的とし端的に違法行為を組成し違法の内容を実現しようとする契約であるから、同法が金融政策上の目的による取締法規であるにせよ、右のように違法な導入預金を媒介することを内容とする契約である原被告間の本件契約は、その反社会性が著しく民法九〇条により無効であると解すべきである。(なお、〈証拠〉を総合すれば、金融取引仲介業者である原被告は本件取引に当り、相互に、原告に対する依頼者、介在する他の仲介者、預金主等の他の取引関係者が誰々であるかを確知し合おうとせず、契約の証書を作成しようともしない取引態度をとり、また原告会社代表者太田は事後になつて窪田に損害賠償金を支払う事態になるまで会社経理担当者等にも取引を知らさず会計帳簿に記載もしなかつたもので、いずれも本件取引が違法であることを認識して内密に事を運ぼうとしたものと認められる。)

以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

6  よつて、本件契約が有効であることを前提とする原告の本訴各請求はすべて理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(渡辺惺)

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